2012年04月

竹ちゃん

高校生の頃に焼肉屋さんでアルバイトをしていた。
その焼肉屋さんは夫婦で営業をしていて夫婦喧嘩の絶えない厨房だった。
オーナーが有名な焼肉屋での修業経験があり、味付けはなかなか美味く、賄いもすこぶる美味かった。
お客様も沢山と来店を頂いていたし、常連さんも多かったのを記憶している。
一度、僕がチヂミを焼いていたら天井にまで火柱が上がり、「わしの店を燃やす気か!!」とマスターに怒られたのを覚えている。
残念ながら、今は閉店してしまっている。

そんな夫婦喧嘩の絶えない焼肉屋でのバイト生活を楽しく花を添えてくれたのが竹ちゃんだ。
竹ちゃんはMr.Unisexの6歳年上で某有名私立大学の学生だった。
見た目もかっこよくチャラチャラした感じもなく、高校生のMr.Unisexからすれば、すごく大人に感じたが、何よりも面白い発言や生活スタイルやオシャレな服装が魅力的だった。

何も知らない高校生のMr.Unisexに竹ちゃんは色んな事を教えてくれた。
ある時、竹ちゃんが「クラブは面白いぞ〜。」
Mr.Unisex:「クラブってなんですか?」
竹ちゃん:「音楽が鳴り響いていてダンスをしながらお酒を飲んで女の子とおしゃべりする場所やん。」
Mr.Unisex:「音楽?女の子?おしゃべり?どんな女の子がいるんですか?」
竹ちゃん:「うーん、この前の女の子はピアスを何個開けてるの?って聞いたら、両耳と両乳首とアソコで合計5ヶ所ってな女の子がいたな。」
Mr.Unisex:「(汗)僕にはよくわからないです。竹ちゃん、ダンス出来るんですか?ジャンルは何ですか?ヒップホップ?ジャズ?ブレイク?」
竹ちゃん:「ダンスのジャンル?オリジナルダンスやないかい。」
Mr.Unisex:「(笑)オ、オリジナルダンス。」

ある時、仕事終わりに竹ちゃんの一人暮らしの家に招待された。
部屋にはおびただしい数のCDがあった。その殆どは60年代Rockだった。
竹ちゃんは60年代が大好きで音楽もファッションも60年代だった。
「俺は60年代しか聞かへんねん。例外で聞くのがNIRVANAだけやわ。」
「俺もこんな時代(60年代)に生まれたかったな」としんみりと語っていたのが印象的だった。

その時から芸術家を目指していたMr.Unisexに「芸術家を目指しているならこれぐらいは知っとかないともぐりやぞ!」と竹ちゃんと同郷の横尾忠則さんの作品集を見せてくれ、横尾忠則さんを教えてくれたのも竹ちゃんだし、アンディー・ウォーホルさんを教えてくれたのも竹ちゃんだった。

部屋には弾けないのにフェンダーのストラトキャスターがあった。
壁には「アメリカの永住権を取得していなかった」というジョンレノンの新聞記事の切り抜き。
お酒のボトルが沢山と並んでいた。バイクは部品が足りないベスパだった。
トイレの電球はピンク色だった。タバコはキャスターだった。

世間知らずのMr.Unisexからすると竹ちゃんはオシャレでかっこよくて何でも知っていて、人望も厚く、僕もこんなお兄さんになりたいと思った。

竹ちゃんの夢は自分のお店を持つ事だと言っていた。その為に就職も夢に近い仕事を探していたが悩んだ挙げ句、地元の西脇市役所の職員となった。

市役所の職員になる事について「世間の風に負けてもうたわ」と夢を諦めた事について、しんみり電話で語っていたのが今も忘れられない。

竹ちゃんの事だから、今も元気に過ごしてる事だろう。
竹ちゃんありがとう!

永く物を使う。

2011年12月25日にお亡くなりになった柳宗理(ヤナギソウリ(本名はムネミチ))先生の「エッセイ」と言う本を読んだ。
インダストリアルデザイナーとして有名で雑誌に頻繁に取り上げられていて名前は知っていたものの、勉強をしてみようとは思わなかったが、最近になりデザインというものに興味をもって初めて本を読んで見ようと思った。その矢先にお亡くなりになったので、悲しさもひとしおだった。

柳宗理さんの提唱するアノニマスデザインは彼の父である柳宗悦(ヤナギソウエツ)の「民藝」からくる影響が大きい事がわかった。
「民藝」とは簡単に言うと生活の中で培われた工芸品や美術品を「民藝」と呼ぶらしい。
即ち有名なデザイナーがデザインした派手な色や模様や形をした茶碗や徳利等の工芸品や美術品よりもその地域で生まれ、根ざした名もなき陶工や住人が生み出す工芸品や美術品の方が精神性も反映され、その地域独特の形や風貌を醸し出していて、何物にも代え難い生活用品の事を示すらしい。
似た事例でピカソがアフリカ民族が生み出した面や装飾品を見て感嘆し、その後のキュービスムに影響を与えた事がある。

その「民藝」を根源として宗理さんが提唱するのがアノニマスデザインだ。
どういったものがアノニマスデザインかと言うと、例えば野球のボールや亀の子束子、ブラウンの計算機、科学実験用の蒸発皿、ジーパン、スイス製のピッケル、ラミーのボールペン等である。

なるほど、野球のボールなんかはあの形で縫い目もあれ以外に考えられない。初めから縫い目の形も少しは違ったであろう。
長い時間をかけて今の縫い目の形と数になったようだ。もちろん今後ももしかしたら、縫い目の形状も今後、変わってくるかもしれない。
亀の子束子なんかも大小が変われどあの形以外の形をされても、どうも使いにくそうだ。
例に挙げた品々を写真で見ると「んっ!?これがかっこいいの?」というようなシンプルで装飾もない単純な品々ばかりです。
って考えると、生活に馴染み過ぎて意識がデザインに行かない物にアノニマスデザインというものが多いとMr.Unisexは感じた。

Mr.Unisexは亀の子束子を見て素晴らしい「デザインだ」と感じることはこの本を読むまでは考えなかったでしょう。
ジーパンにしても「素晴らしいデザインだ!」と思って履いていません。まあ「無難だしな」と感じる所が本音かな。
でもそこに目が行くなんてさすが、インダストリアルデザイナーとして柳宗理さんは常に身の回りの物に気を付けて見ていたんだなと思ってしまいます。

流行のデザインの物で身の周りを固めてしまうと、結局は直ぐに飽きてしまい、また新しい物を買ってしまうというサイクルより、いいものを永く使う方が環境にも家計にも助かり、また気に入った物を使う事で心も満たされると言う事なんだろう。

まだまだMr.Unisexの周りにアノニマスデザインが有りそうだ。いや、Mr.Unisexなりのアノニマスデザインを見つけて行きたい。
Mr.Unisexの生活に馴染んで気に入った物を永く使い続け、作家生活を心もろとも豊かに暮らしたいと思った次第であります。

柳宗理先生、ありがとうございました。

アノニマスデザインの一つ野球のボール

アノニマスデザインの一つ野球のボール

2012年4月7日の桜。

夙川の桜

今年も綺麗な夙川の桜。

2012年の桜はどんなものなのかと楽しみにしておりました。

期待通りに西宮市の夙川の桜は見事に咲き誇っておりました。

Mr.Unisexは小学生の頃より夙川の桜にはお世話になっておりました。忘れもしないのは、中学生の頃に花見をしておりましたら、カツアゲに合いそうになりましたが、事なきを得たのを覚えております。社会人になってからは、同僚と楽しんだのを覚えておりますし、若かりし頃は酔っぱらって夙川に落ちたのを覚えております。

関西の桜の名所に色々と行きましたが、夙川の桜並木に勝る桜は未だに拝見しておりません。

桜の季節になれば、出来る限り夙川に馳せ参じたいものです。

2012年4月も夙川の桜に魅せられて過ごしました。ありがとうございました。