西武大津店の思い出~湖辺(うみべ)の落日~ Vol.01

2020年8月31日に惜しまれながら閉店した西武大津店には特別な思い入れがある。それは2006年5月~2009年3月までの約3年間、西武大津店の玩具売場で働いていたからだ。おかげで滋賀県に大変に素敵な思い出ができた。今は神戸に住んでるけど、大津への楽しかった一人暮らしは今でも心に残っていて、滋賀県への移住も悪くないかなぁ?なんて思ってしまう。
思い浮かぶのは湖辺の波の音、琵琶湖のきれいな水面、琵琶湖からの冷たい風と匂い。夏の琵琶湖大花火大会、瀬田の唐橋の花火大会、一人暮らしをしていた唐橋から西武大津まで琵琶湖沿いを自転車で走った琵琶湖の風景は本当に素晴らしかった。冬は琵琶湖からの風がめちゃくちゃ冷たい!

私は2001年4月頃から、そごう神戸店(現:神戸阪急)の玩具売場で働いていた。この玩具売場はそごうが運営しているのでは無くて、株式会社仔熊という玩具の小売販売の会社が運営している。なので私は仔熊の社員という事になる。嫌なお客に当たったり、辛い事も多かったけど、売り場に来る子ども達が可愛くて、辛いことなどすぐに吹き飛んだ。おもちゃも大好きだったし、売り場を作ったり、毎月のように届く新製品を手にとるのも楽しみの一つだった。とにかく刺激があって楽しかった。一緒に働く同僚たちもみんな良い人ばかりでたまに飲みに行ったりしたのはとても良い思い出だ。
中には仲良くなるお客様(園児から中学生のお子様)もいて、私に会うなり、挨拶をしてくれたもんだ。
GW、春休み、夏休み、冬休みになると売り場でイベントを開いて、子どもたちといろんな玩具で遊んだり、対決型玩具でトーナメントを組んで開催した大会は楽しかった。
まさにそこでは夢のような世界が広がっていて、本当に子どもたちに夢を売っている感覚があった。

2006年4月中旬、GWの忙しさが始まる少し前のある日、仕事を終え従業員出入り口を出た私に向かって東京の内海部長が突然、私の目の前に現れて「話があるんだ」と、三宮のサンチカにあるそごう神戸店の従業員出入り口横の喫茶店に誘われた。
内容は滋賀県の大津店に店長として異動してほしいとの事だった。なんでも現在の大津店の店長が定年になって、後任の候補者が辞退をして代わりに私にという事だった。

内海部長:「大津店に行ってほしいんだ」
私:「えええーー?!いつからですか?」
内海部長:「ゴールデンウィーク開け」
私:「もう2週間ぐらいしかないじゃないですか!?」
私:「通うのに2時間かかるので部屋を借りて欲しいんですが・・・」
内海部長:「もちろん!家賃もほぼほぼ出すよ」

というような会話の内容だったように思う。
ちょっと考えさせて下さいと言って、その場は終わった。
家に帰って両親に報告をしたら、父は「いよいよ人生の分かれ道に来たな」って言われた。

私は自分のアトリエができると思って嬉しくて大津に行くことをほぼ自分の中で決めていた。
(因みに家賃は会社が負担してくれるが、規定の金額を超えた場合は自己負担となる)
自分の部屋と絵を描く部屋の2部屋は欲しいなぁと思っていた。
絵を描いている人なら誰しも制作部屋を持つことは夢として持っていると思う。
それにちょうど一人暮らしにはかなり憧れを抱いていた時期でもあった。
大津に行ったら休みの日は朝から絵を描いて気楽に過ごそうと青写真をすでに描いていた。
しかし、大津には友達も居ないし、そんな頻繁に友達なんて遊びにきてくれないと思うし、本当に孤独になるだろうなぁということは思っていた。
それにしたって、どちらかと言えば希望の方が大きく、今まで頑張ってきた私へのご褒美とも思った。

それと仕事に関して心配なのは神戸店に比べて大津店は売上が半分くらいなので、かなり暇な店舗に行くことになるので、 売上を伸ばすことはできるかな?という思いはあった。
土日の売上が神戸店が30万円なら大津店は10~15万円程度だ。
売上が半分も違えばかなり売り場としては暇になる。

数日後に内海部長に大津に行くことを伝えると、早速、大津店の西武百貨店の社員と玩具売場のスタッフに挨拶と大津に部屋を見つけなさいとの事だったので、
4月末の休みの日に膳所までいき、まずは西武百貨店の社員の方と新しい店舗の玩具売場のスタッフに挨拶をした。
初めて西武大津店の外観を見た感想は要塞のような変わったデザインだなぁと思った。
店内に入ると什器(商品を置く棚)がボロボロで古さと都会にはない独特の雰囲気を感じた。(1976年に開店した建物)
神戸店は綺羅びやかな感じなんやけど、大津店は綺羅びやかさは無かったけど、地元密着の感じがかなり伝わった。
玩具売場の皆さんは20代の子たちが殆どでなんとか気が合いそうで良かった。

メンバー紹介
山さん店長:定年退職するオヤジギャグ連発の男店長(65歳)
マイちゃん:元気で明るい明朗快活な女の子(24歳)
カワッチ:ロックバンドの追っかけしてる女の子(22歳)
さっちん:ダンスグループ大好きハキハキした女の子(22歳)
レオポン:アメリカ留学を終えたガタイの良い男の子(24歳)

みんな明るくて楽しそうに働いているので、うまくやって行けそうだと思った。

西武百貨店の子供部のサイトー係長は30代と若々しくて話が合いそうだ!この新しい店舗で心機一転頑張るぞ!と思った。

挨拶を済ませると、部屋の内覧の予約をしていた不動産屋さんと膳所駅前で待ち合わせをした。
車で迎えにきてもらい、部屋を4箇所見て回った。
希望の間取りは2LDK以上で仕事場の膳所駅から離れていて、家賃が安い部屋だった。
内海部長からは仕事場から近い部屋にしたら?って言われてたけど、職場と家が近かったら、行動範囲が狭くなって気が狂いそうになるので、絶対に嫌だった。

最初の2部屋はかなりボロボロで住みたいとは思えず、残りの2部屋に期待を込めた。
3つ目に紹介された部屋は大津市鳥居川町の2DKの部屋だった。内装がかなり綺麗で、朝シャンができる洗面台だったので、かなり惹かれた。
最後の4つ目は鳥居川町から唐橋に向けて車で5分くらいの唐橋町の3DKの2階建てハイツの2階の部屋だった。
部屋が広くて、ここならアトリエ、自分の部屋、あとの一部屋は倉庫に使えるし、最寄り駅の京阪唐橋駅まであるいて5分(JR石山駅は徒歩約10分)だし、ほぼ直感で決めた。
あと、決め手となったのがもう一つあった。それは周辺の景色だった。ちょっと周辺を歩いてみると、瀬田川に架かるとても立派な擬宝珠を備えた瀬田の唐橋が見えて感動した。瀬田川沿いも静かで都会のような派手さは無いが素朴な空気感と景色に親しみを感じてしまった。それはちょっとした下町的な雰囲気を醸し出していた。
近くには人通りが多い賑やかな、とは言えない商店街と平和堂があり、どことなく幼かった頃に母と通っていた上新庄の小松商店街を彷彿とさせ、親近感が湧いていた。
神戸、西宮には無い、こういう景色が心に惹かれた。

翌日に私が決めた部屋の契約を不動産屋と会社で契約が完了し、後には戻れない私の大津行きはすすんでいった。

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