2014年07月

夙川美術研究所の杉浦先生【Vol.2】

6月7日の朝に苦楽園駅前の千鳥饅頭でゼリーを購入し、妻と杉浦先生の自宅がある仁川へと向かった。

初めて仁川に降り立ったのやけど、閑静な住宅街で無愛想な店員がいる雑貨屋があった。

Googleマップを頼りに歩き進んでいると、家の前でお花にお水を上げている女性に出会った。きっとこの人が杉浦夫人だと思い、的中。

家の中に案内をされてびっくりしたのは、ヨーロッパ風の家で靴のまま家に上がってくださいとの事だった。庭も立派で四季を感じる事ができてとても気持ちの良い風が吹いていた。
案内された応接室に入ると、杉浦先生の遺影があり、手を合わせた。

応接室には杉浦先生の絵が沢山飾られていて、素晴らしい雰囲気に包まれていた。可愛いアンティークの人形や陶磁器も飾られていてどれも気に入るものばかりだった。

様々なもので飾られた部屋だったけど、いやらしさやごちゃごちゃとした雰囲気は無くて、とても温かい雰囲気だった。

杉浦夫人とは杉浦先生の思い出話で花が咲いた。

お二人の出会いを聞いてみると、小学生の頃に同じ絵画教室に通っている時との事だった。そして、その画塾には若かりし頃の鴨居玲が教えていたようで、びっくりした。

てことはMr.Unisexは鴨居玲の孫弟子か?なんちゃって。

ふと壁を眺めると一見、アンティークの器を飾っているのかなぁ?と思った。マイセンともとれる綺麗な絵付けに飾ってあるお皿やガラス瓶の事を聞いてみると、なんと全て夫人の作品というからビックリした。そう言えば昔、絵の教室に通っていた頃、杉浦先生が妻が作るお皿の絵付けが先生よりも上手と言っていたのを思い出した。

時折、杉浦夫人は席を立ち、お茶やケーキを運んで来てくれた。最後にオレンジのロールケーキを出してくれた。これがなんとも美味しいケーキで話を聞くと杉浦先生の大好物だったようで、お亡くなりになる直前まで、このケーキだけは食べていたようで、その話を聞くとなんとも言えない気持ちになった。

時間も良い頃合いとなり、庭を3人でプラプラと散歩して長居もそこそこに帰途についた。

話を聞き振り返ってみると、杉浦先生は根っからの画家だったんだと思った。常に作品と向き合い、葛藤し、自分の美しいと思う美について研究していたんだと思う。まさに「夙川美術研究所」である。

杉浦夫妻、本当にありがとうございました。

garden

季節感が感じれる美しい庭

 

夙川美術研究所の杉浦先生【Vol.1】

1996年頃、高校生の頃、美大を受験しようと思った。受験のためには画塾に通ってデッサンの勉強にしないといけないという事を聞き、苦楽園にあった夙川美術研究所を尋ねたのをきっかけに杉浦祐二先生に絵を教わる事になった。

苦楽園駅前の白い小さなビルの二階にあって、少し暗い階段を登ると、白髪交じりの髪の毛が肩まで伸び、口髭を生やし、少女や天使の絵を描いているおじさんが杉浦祐二先生だった。その場所は今はアイリッシュパブになっている。

1998年頃に向かいの、1階が千鳥饅頭が入っているビルの3階に移転した。

杉浦先生は、いつもニコニコしながら僕達生徒と話をしてくれた。先生の知識量といったら凄くて、聞けば何でも答えてくれる人だった。

美大受験を諦めてからもたまに仕事帰りなどによく立ち寄ったりしては、よく話込んだ。

25歳の時に「働きながら、もう一回石膏デッサンをしたい」と言うと、快く受け入れてくれた。週一回、仕事の後に通うのが楽しみだった。デッサンが進まないくらいに、沢山と先生と喋った。

2006年のゴールデンウィーク後に滋賀県に転居を伴う転勤となり、夙川美術研究所も辞めざるを得なくなった。そこでお世話になったお礼として、先生の好きな赤ワインをプレゼントした。ありがとうと言って、お返しに本をいただいた。

これを最後に会う機会は無かった。というか、自分が会いに行かなかったというのが正しいかもしれない。と言うのも、夙川美術研究所が2008年頃に閉鎖になってしまい、その後は仁川の自宅近くで絵を教えていた為に足が遠くなってしまっていた。

2010年に仕事を辞めて滋賀県大津市から西宮市に帰った後も会いに行きたいなぁと頭の何処かで思っていながらも、延ばし々になっていた。

確か、数年前の年賀状に「体調が悪くて・・・」という記述があって気にはなっていた。

今年の2月に結婚したので、その報告も兼ねて5月頃に会いに行こうと、サイトで先生のアトリエの情報を集めていたら、お亡くなりになったという記事を見つけた。「なんてこったい!」急いで連絡をしてみたら、杉浦先生の奥さんが電話に出たので、詳細を聞くと、2012年末にお亡くなりになったという事実を聞いた時は、物事を先延ばしにしていたら、良いことなんてあんまり、無いんだなと痛感した。

杉浦夫人に事情を説明し、お邪魔で無ければ、是非一度、ご自宅にお伺いさせて頂けませんか?とお願いをしてみた。

すると、会った事もない僕のお願いに快く引き受けてくれた。

6月7日にお伺いをさせて頂く事になり、やっと先生に会えるんだという思いと遅すぎた行動の後悔が一度にやってきて、感慨深くなった。

東京探訪Vol.4_アンディー・ウォーホル展編最終話【2014年4月20日(日)】

銀座の朝日で目覚めた最終日は、お昼にメキシコ料理屋で妻の東京友達と結婚祝いを兼ねてランチをした。ありがたいのぉ~。この場を借りて御礼を申し上げます。

その後に森美術館開催してる、アンディー・ウォーホル展に向かったんだが、やっぱりアンディー・ウォーホルは大人気で沢山の人で盛り上がっていた。昨日のバルテュス展より人が多いような気がした。

初めて見るアンディー・ウォーホルには感動した。高校時代にバイト先の竹ちゃんに教えて貰ってからと言うもの、こんなに大きな回顧展は初めてだ。

とは言っても、やはりバルテュスの重厚な画面の後にシルクスクリーンで刷られた画面を見ると、やはり見劣りはしてしまう。

しかし、どれも洗練されていてアイディアの面白さが際立っていて、なんだか手軽にアートの世界に足を踏み入れたくなるような感覚に陥ってしまうのは、アンディー・ウォーホルの凄いところだ。

帰りにショップでベアブリックの玩具とかもろもろを購入して、東京をあとにした。

次に東京にくるのはいつのことやら。